
19世紀、中国の福建省などから多くの華僑が、
錫鉱山での一獲千金を夢見てこの島に渡ってきました。

初期の採掘は、熱帯の厳しい太陽の下で行われる
「露天掘り」が主流で、労働者たちは手作業で土を掘り起こし、
籠を担いで運ぶという凄まじい肉体労働に従事しました。
マラリアや事故の危険に常に晒されながらも、
彼らは故郷の家族を養うために耐え抜きました。
プーケットに移住した華僑は、現地のタイ文化と融合した独自の
「ババ・ニョニャ」文化を確立しました。
ババ (Baba): 中国系男性
ニョニャ (Nyonya): 中国系女性

結婚式や式典などでの装い


タイ衣装とは違う、プーケット中国系タイ人には
民族衣装があります。ババ・ニョニャ衣装で、オールドタウンでもレンタルをするお店があります。オールドタウンで衣装撮影をするなら、正しくはタイ衣装ではなく、こちらのババ・ニョニャ衣装のほうが歴史にそぐった装いと言えます。
食文化では、中国福建省の伝統に東南アジアのスパイスや
タイの薬膳の知恵を融合。湿気を取り除き体を温める
「福建麺(ホッケンミー)」や、発酵エビのペースト(カピ)を
用いた料理など、気候に即した豊かな味覚を生み出しました。


台所。穴が開いているところに炭火などを入れて料理をしていました。
現在はガスになっています。
人生の節目を彩る儀式も極めて特徴的です。誕生1ヶ月を祝う
「満月(Muay-Guek)」では生命の象徴である赤い卵を配り、
婚礼では精巧な刺繍の「ケバヤ」を纏い、幸運を象徴する
赤い亀の菓子「アンコー」を供えます。

錫採掘は危険を伴うため、彼らは「九皇大帝」などの
中国の神々を強く信仰しました。現在も続く
「プーケット・ベジタリアンフェスティバル」の起源も、
この採掘労働者たちの健康を祈る儀式にあります。

「楽善局」は1910年代、錫鉱山で働くためにやってきた
福建人たちの生活を支援のために設立されたコミュニティーです。

現在の博物館「タイホア学校」を作り子供たちに中国語と
道徳を教えたり、 身寄りのない病人の世話や、葬儀の支援、
中国の伝統行事や信仰を維持し、プーケットの中で守り続けました。

プーケットタウンのタイフア博物館の資料から
記事をまとめました。
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